ドイツで就職する日本人のうち、在独日系企業に就職する割合は8割近くにのぼり、ドイツ企業や、その他国籍の企業に就職する数を大きく上回ります。
(埼玉大学「変容する海外で働く日本人―現地採用者に着目して―」を元に著者作成)
この背景には、単に日本人だから日系企業のほうが合格しやすい、といった理由だけでなく、ドイツ企業で日本人が採用されにくい理由や、就労ビザ、就職後に活かせるスキルや職歴の考え方の違いなど、様々な要素が複雑に絡み合っています。
ドイツ就職虎の巻【0】では、ドイツ就職活動を始める前に、そもそもなぜ在独日系企業への応募が日本人にとって内定を勝ち取りやすく、輝かしいキャリアを得るための王道となりえるのかについて解説していきます。
在独日系vsドイツ企業
在独日系企業とドイツ企業を日本人応募者目線から比較したとき、ポイントになってくるのは、
1)入社しやすいかどうか
2)入社後に働きやすい環境かどうか
の2点と言えるでしょう。
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在独日系企業 |
ドイツ企業 |
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日本人の応募難易度全般 (入社しやすいか) |
比較的易しい |
難しい |
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語学レベル |
英語スキル |
ビジネスレベル必要 |
ビジネスレベル必要 |
語学レベル |
ドイツ語スキル |
できるとアドバンテージ |
ビジネスレベル必要 |
需要・供給 |
日本人としての需要 |
需要が多い |
需要が極めて少ない |
応募要件 |
職歴要件 |
必ずしも同職種である必要はない |
同職種での経歴必要 |
応募要件 |
学歴要件 |
必ずしも同職種である必要はない |
応募職種と関連する学歴 |
応募要件 |
就労ビザ |
企業によっては申請に慣れている |
就労ビザを持たない応募者の扱いに慣れない |
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在独日系企業 |
ドイツ企業 |
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職場環境全般 (働きやすい環境か) |
ドイツの法慣習に従うが、日本文化を持つ |
ドイツの法慣習に従い、ドイツ文化を持つ |
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労働環境 |
有給の数 |
年間20~30日 |
年間20~30日 |
労働環境 |
残業 |
時期や職種によってはある |
時期や職種によってはある |
仕事意識 |
仕事の成果 |
過程を重要視されやすい |
シビアに結果を求められる |
仕事意識 |
社風 |
日本文化を持つ |
ドイツ文化を持つ |
その他 |
給与水準 |
ドイツの賃金市場と日本の賃金市場の双方を考慮 |
ドイツの賃金市場に則る |
在独日系企業とドイツ企業の2つのカテゴリを比較する際、一般論としては日本人にとってはやはり、在独日系企業のほうが入社しやすく、かつ馴染みやすいと言え、それが上述のように日系企業で働く割合の圧倒的な高さに繋がっています。
入社のしやすさ
突き詰めると、入社のしやすさとは、応募者自身が当該企業のマストとするスキルを充足したうえで、アドバンテージと見なすスキルをどれほど持つかどうか、という点に集約されます。例えば、ビジネス英語が話せる、というスキルは日本では「強み」や「アドバンテージ」として見なされますが、大卒者のほとんどが英語を話せるドイツという国では英語が話せるということは「満たしておくべき最低条件」と見なされるわけです。
つまり、ドイツ企業への就職を志そうとした場合、ドイツ語や英語が話せるからドイツで企業で働けるというわけではなく、これでようやく就活のスタート地点に立てる、というに過ぎません。対して、在独日系企業への就職を志すのであれば、「ドイツ語が話せる」「日本で社会人経験が有る」といった点が既にアドバンテージとして見なされます。
また、就労ビザの点も考慮しなくてはいけません。ドイツ企業の場合、ジョブポータルなどで募集されている職種は「ドイツで働ける資格を持つ応募者」を前提として出されており、企業側が一からビザの申請サポートをすることを想定していません。対して、日系企業の場合、背景的にも現地採用となる日本人や、駐在員といった就労ビザの手続きを行った経験が多いことから、海外で就職する日本人への就労ビザ発行のプロセスを理解しているケースが多いと言えます。
英語スキル
日系企業に就職する場合、ドイツ企業に就職する場合の双方において、特殊な職種などを除けば、基本的にはビジネスレベル(B2以上)の英語力が求められるという理解が必要です。ドイツに拠点を持つ日系企業の場合、もはやそのビジネスの範疇はドイツに留まることがなく、欧州各国への拡販やマーケティング、折衝などを同時におこなうことがあり、そうした高度な異文化コミュニケーションとして英語力が重要です。
ドイツ企業で働く場合でも、基本的にはドイツ国内企業の半数以上が海外との取引をおこなっているというビジネス環境の下、既に英語を抜きにした採用は考えられません。勿論、英語が出来なくてもそれを補う高度なスキルや経歴があれば内定に繋がることがゼロとは言いませんが、いずれにせよドイツにおいて英語という言語はすでに「できて当たり前」のスキルと化しているわけです。
ドイツ語スキル
日系企業を志す場合、応募者のドイツ語能力はアドバンテージ、特殊技能として見なされます。中にはドイツ語不問、あるいはB1のような中級者レベルのドイツ語でも応募要件として認める企業もあり、要するにドイツ語ができなくても経験豊富なグローバル人材を欲する日系企業においては採用の間口は広い、という状況にあります。
在独日系企業の職種別で必要なドイツ語のレベルは一般的に、営業や経理、総務などは高いレベルのドイツ語が必要である一方、貿易実務を主業務とする営業アシスタントやエンジニア等の技術職の場合、ドイツ語は話せれば直良し程度であることもあります。
かたや、ドイツ企業を志す場合、ドイツ語力は「できて当たり前」のスキルと見なされることが多いと言えます。勿論、中にはドイツ語を必要としない高度理系職種なども存在しますが、多くの中小企業、地場企業にとってはまだまだ社内公用語はドイツ語で、大企業であってもドイツ語がコミュニケーションのツールとして使われている背景に違いはありません。
日本語話者としての需要
在独日系企業にとっては、日本本社や日本のグループ会社との交渉が発生するため、やはり日本語をビジネスレベルで、かつ日本の商慣習を知悉した人材の需要は高い状況が続いています。それゆえ、日本で社会人としての経験が有ることが、すでにアドバンテージとして見なされます。
一方で、ドイツ企業にとって日本語を話せる人材の採用意欲は、日本に顧客を持つドイツ企業を除き、あまり多くないことが実情です。それゆえ、ドイツ企業への応募では日本語が話せること、日本の商習慣を理解しているアドバンテージはほとんどないと言えるでしょう。
職歴・学歴要件
ドイツと日本のキャリアパスを比較するとき、知っておかなくてはいけないのが、日本は転職が一般的になりつつあるとは言え、依然としてジェネラリスト型のキャリア形成タイプであるのに対し、ドイツはジョブ型、すなわちエキスパート育成型のキャリア形成を念頭においているという点です。
要するに、ドイツ企業においては、学部時代の専攻から新卒採用先の職種に至るまで、徹頭徹尾「同じライン上にある」ことが重要視されます。当然、中には学部の専攻内容や就職先の職種が肌に合わず、他の職種に切り替える人もいますが、その場合給与テーブルがまたゼロにリセットされることもあります。
対して、日系企業の考え方では、多角的な視点から物事を捉えることはむしろ良しと見なされ、文学部を卒業してマーケティング職に就いたり、社会学部を卒業してシステムエンジニアの職に就く、といったことも往々にしてあり得るわけです。
それゆえ、ドイツにおける就活においても、どうしても過去の専攻や職歴に縛られて間口の狭いドイツ企業と比較すると、比較的オープンな日系企業のほうが日本人応募者の人気が高くなる傾向にあります。
就労ビザ要件
最後に、日系企業とドイツ企業への就職難易度を語るうえで最も重要な点、就労ビザについてお話をしましょう。基本的に、ドイツ企業はドイツで法的に問題なく就労できる人間を対象にポジションの公募をおこなっているため、就労ビザがない、あるいは縛りがある、といった場合、どうしても採用に難色を示しがちです。一般的な就労ビザの申請プロセスを経たとしても、取得までに時間がかかり、運が悪いとビザを支給されないケースもあるため、人事担当者としてはわざわざそんな手間とリスクをかけてまで日本人を含む外国籍の人材を採用するメリットがあまりないのです。
この事情は、日系企業においては異なります。職種柄ドイツに渡航したり、日本から出向する駐在員であったりと、すでに外国での就労ビザ取得を前提とした採用活動に携わっていることもあり、この辺の事情には理解を示してくれる傾向があると言えるでしょう。
職場環境の違い
入社のしやすさと並んで、日系企業が日本人の応募者からの人気を集めるもう一つの理由が「職場環境」です。日系企業であろうとも、ドイツに法人として登記されている以上、現地の労働法に従う必要があります。そのため、本質的に日系企業、ドイツ企業の労働環境に大きな違いは見られません(法定有給日数、法定の祝日、残業の規定、解雇通知要件、等)。
労働法的な部分で違いが見られないとなると、違いを見せるのは文化、すなわち会社の持つ雰囲気や社風と呼ばれる部分と言えるでしょう。
社風
仕事文化の話をすると、ドイツ社会における評価基準は「結果主義」です。途中でどんな頑張りを見せたか、という点よりも、最終的にどのようなアウトプットがなされたか、という点に評価の基軸が据えられます。そのため、インセンティブ制であったり、自身のドイツでの仕事に自信がある場合、ドイツ企業のほうが社風としては適していることもあります。
対して、日本企業の社風を引き継ぐ在独日系企業においては、単なる結果の良し悪しだけでなく、そこに至るプロセスといった点が評価の対象になりがちです。その意味で、日本的な文化背景を持つ日系企業のほうが、日本人にとって居心地が良いと見なされるのではないでしょうか。
他にも、ドイツ企業では比較的ビジネスライクに話が進むのに対し、日系企業の方が物事の背景や情といったものが考慮されやすい点も違いとして挙げられます。この点は、どちらが良い悪いというよりも、どちらに個々の性格がマッチするかどうかの話になってくることでしょう。
日系vsドイツ系 どちらの仕事量が多い?
全体的な仕事量の話をすると、日系企業、ドイツ企業、どちらが多いかというより、どの業界か、といった違いのほうが大きな要因を持つ傾向にあります。例えば、ドイツでは伝統的に、医療従事者、金融業、コンサル業、などは激務として知られています。最も、ドイツの労働法は厳格なため、ドイツ企業にしろ日系企業にしろ、懲罰の対象となりえるような度を越えた残業などはおこりえません。
もっとも、制度的な違いはあまりありませんが、ドイツ企業と日本企業とでは、「個人主義」なのか「集団主義」なのかという性格の違いがあります。例えば個人主義的な要素の見られるドイツ企業にあっては、同僚が忙しくても知らんぷりで帰宅することがありますが、日系企業では同僚や部下の仕事を手伝ったりすることで、自身の帰宅が遅くなる、といった違いがありえます。この辺も性格の違いなので、どちらを好むかは人によるのではないでしょうか。
同様に、仕事後の飲み会などに関しても、ドイツ企業では仕事とプライベートは明確に切り分けているのでほとんどおこりえませんが、日系企業ではコミュニケーションのツールとして、同僚との食事や飲み会がある企業もあります。これも人によって好き嫌いの分かれやすい点ですね。
こうした文化的な要素を総合的に判断すると、やはり日本の文化で育ってきた我々の視点からは、在独日系企業のほうが居心地の良い選択肢として映ることが多いのではないでしょうか。